16.自伝小説 

My Story

第16章:法廷の涙

上海で生活の土台が整うのと反比例するように、日本にいる子供たちとの連絡は、日を追うごとに難しくなっていった。

夫の兄夫婦なら、DVの事実も知っているし理解してくれるはず、そう信じて義姉の携帯に電話をかけた。

「〇〇さんに確認してからじゃないと、取り次げないわ」

言いようのない不安が押し寄せた。もしかして、取り返しのつかないことをしてしまったのではないか。後悔の念が、じわりと足元から広がっていく。

同時に、夫からの嫌がらせは狂気を帯びてエスカレートしていた。届くメッセージは、もはや言葉の形をした暴力だった。

「子供には死んだと言ってる」「一生会わせない」「一生目の前に現れるな。
「Nを牢獄に入れる。どんな手を使っても追い込む」
「殺す、ビッチ、劣化女、きもい」

法外な慰謝料の要求と共に、わたしの悪口を書き込むグループチャットが作られ、その内容もわざわざ転送されてきた。

そこには、かつて「友人」と呼んだ人たちの心ない言葉も並んでいた。 のちに何人かからは謝罪されたが、当時の削り取られた心が癒えるには、あまりにも長い時間が必要だった。

「時間が経てば、話し合いができるはず」

そんな淡い期待は、木っ端微塵に砕かれた。

わたしは中国で弁護士を雇い、裁判で戦う決意をした。DVの証拠を出し、親権を勝ち取って、子供たちと暮らす。それしか道はない。

だが、そこでも絶望が待っていた。折悪しく日中関係が悪化し、親権を含めた裁判はここではできないと告げられたのだ。

そればかりか、夫は会社を他人名義に変更し、私の名前で多額の借金を負わせるという報復に出ていた。

 「払わなければ逮捕されるぞ」

そんな脅しに追い詰められ、味方であるはずの弁護士さえも不誠実な対応を始め、裁判の前日に延期を申し出てきた。

わたしはその弁護士を解雇して一人で法廷に立った。 気だるそうな裁判官を見上げDVの事実を訴えた。

夫は最後まで姿を見せなかった。代わりに代理人として出席していたのは、夫の会社の、わたしもよく知る女性社員だった。

裁判が終わり、重い足取りで法廷を出ようとしたとき、彼女が駆け寄ってきた。目から大粒の涙を溢れさせ、周囲に聞こえない小さな声で、こう言った。

「タイタイ(奥様)、頑張って……」

彼女は、夫が裏でどんな卑劣な罠を仕掛け、わたしがどれほど不当な状況に追い込まれているかを、間近で見続け、心を痛めてくれていたのだ。 

判決は、謝罪は認められなかった。わずか2万元の援助金が支払われるという不本意なものだったけれど、彼女が流してくれた涙が、わたしの凍りついた心を少し溶かしてくれた。

離婚も親権も何一つ解決しないまま、会社の借金だけを背負わされ、わたしは再び出口のない闇の中に放り出された。

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