悲しい7月 

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7月は、ここ最近で一番悲しく、辛い月だった。

鬱っぽい状態がつづき、更新もできないまま、ただぼんやりと日々をやり過ごした。気力が出ない。集中できない。心だけが何度も過去に引き戻される。頭では理解しているのに、心はバラバラのままだった。

自分ではメンタルが強いほうだと思っていたけれど、今回ばかりはさすがに堪えた。立ち直るまでに時間がかかり、今でもふとした瞬間に涙があふれ、また陰鬱な気分に引き戻されそうになる。

これからどう生きていこう。何度も繰り返し考えるけれど、すっきりとした答えは見つからない。唯一の救いは、パートナーの存在だった。彼と話したことで物事の見え方が変わり、それに救われた。

「よかったと思うよ」と彼は言った。何がよかったのだろう。今回のことで私の長年の執着が切れたのなら、これからはもっと他のことにエネルギーを使えるということなのかもしれない。

私にとって、それは決して「過去」にできるものではなかった。でも、もうそろそろ、そうするしかないのかもしれないとも思う。

こんな話を聞いた。お弁当に大好きなとろろ昆布のおにぎりを、良かれと思って作り続けていた母親がいた。ところが娘は、そのおにぎりが本当は大嫌いで、ずっと恨みを抱いていたのだという。何十年も経った今になって、娘は絶縁を申し出てきたそうだ。

良かれと思ってしたことが、憎しみに変わることもある。良い行いをすれば報われる、そんな性善説を信じて生きてきたけれど、人生には理不尽なこともある。それが、少しわかるようになった。

7月、私はひとつのことを手放す経験をした。そして、もう誰かのために何かをすることをやめようと決めた。

もちろん、愛する人に届いてほしいという願い自体が間違っていたわけではない。ただ、誰かに理解してもらうために自分を表現するのではなく、自分の中にある静かな真実を、ただそっと残していきたいと思うようになった。

私が育てたいのは、正しさを証明する場所ではなく、美しさに気づける心が育つ場所。

梅を干す。パンを焼く。犬と過ごす。本を読む。パートナーと手をつなぐ。そんな何気ない日常の中に、どれだけの美しさを見つけられるだろう。探し出した美しさこそが、私にとっての真実。私は、その真実を生きたい。

私にとって真実を生きるとは、

  • 自分を罪人にしないで生きること
  • 大切に思っていることを恥じないで生きること
  • 愛する人を「救い」にしないこと
  • すでにある愛を信頼すること
  • それらを、静かに分かち合うこと

焦らない。比べない。証明しない。偽らない。

静かに在ることで、美しさに気づけるのだと思う。小さな美しさを見逃さない心を、これから育てていきたい。

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