12.自伝小説

My Story

第12章 誘拐犯 

目の前の状況は、あまりにも混沌としていた。 それでも、わたしの心は不思議なほど平安で、このまま世界の時間が永遠に止まってしまえばいいのに、とさえ願った。

スマホの電源はオフにしたままだった。画面を点ければ、あの地獄のような現実にまた引き戻されてしまう。しばらくは、そのままでいたかった。

「子供たちのことが、どうしても心配で……」 

隣にいるNにぽつりと言うと、彼は「父親がいるんだから大丈夫だよ」と静かに、まっすぐ答えた。

彼はしばらくシングルファーザーとして子供たちの面倒をみていた経験があり、その言葉には、揺るぎない説得力があった。わたしは深く頷いた。

そうは言っても、母親としての胸のざわつきは抑えきれない。わたしは意を決して携帯の電源を入れた。

恐ろしい着信履歴の山を見ないように目を伏せながら、アーイに電話をかける。

「子供たちなら大丈夫ですよ。タイタイ(奥様)、あなたは今どこにいるの?」
「しばらく帰れないの。子供たちのことをお願い。夫には、絶対に言わないで」

それだけを何とか伝えて、祈るような思いで通話を切った。

浴衣と下駄のままでは動きにくいだろうし街でも目立ってしまうからと、Nはわたしを朝の街へ連れ出した。

服、下着、靴、化粧品などすべての生活用品を新調してくれた。そして、不便なく過ごせるようにと、滞在するホテルの部屋も手配してくれた。

「しばらくここにいればいい」 

その言葉に甘えさせてもらうことにした。

父親がいるから大丈夫と言われても、それでも子供たちのことが心配で頭を離れない。何度も何度も、あの家に戻ろうとしたが、そのたびに計ったようなタイミングで、夫から狂気に満ちたメッセージが送りつけられてきた。

文字から漂う殺気に、身体が震えた。

(もう二度と関わってはいけない人なんだ、死にたくなければ―)

上海のホテルで逃げ続けるのも、限界があった。わたしはいったん日本の実家に戻りこれからの生活の準備を進めることに決めた。

しかし、上海から大阪へ直接飛ぶのは、夫に待ち伏せされるリスクが高すぎる。 

「いったん、香港に逃げたらどうかな」

 Nがそう提案してくれた。香港にはNの会社があり、彼は出張をかねて、わたしと一緒に行けるという。日本へ帰るためにも、まずは何としてもパスポートを手に入れなければならない。

わたしは、誰もいない時間を見計らい、何日かぶりにあの家へと足を踏み入れた。

ドアを開けた瞬間、愛おしい子供たちの匂いが鼻腔をくすぐった。部屋の空気は、あの日置いてきたままだった。

今にも廊下の向こうから子供たちが走ってきそうで、涙が溢れそうになるのを必死に奮い立たせ、クローゼットからスーツケースを取り出した。

ふと目をやったリビングのテーブルの上には、わたしが使っていたノートパソコンが無惨に二つに折り曲げられて転がっていた。

激しい動悸を無視して、クローゼットへ向かった。夏服を両手で鷲掴みにし、狂ったようにスーツケースに投げ込んだ。

そして、重い足取りで金庫室へ。 いつもは現金が置かれているはずの金庫はもぬけの殻で、わたしのパスポートだけが、中央にぽつんと残されていた。子供たちのパスポートも、銀行の通帳も、すべて消えていた。

棚の上には、子供たちのアルバムが並んでいた。まだ空白の多い、作りかけのアルバムをそっと手に取る。

(持っていきたい。……でも、無理だ) 

スーツケースには、もうアルバム2冊分の余裕はない。

(また、作ればいい。これから、いくらでも……) 

自分にそう言い聞かせ、引き裂かれるような思いでアルバムを棚に戻して家を出た。振り返りたくなる未練を押し流すように、涙が頬を伝った。

その夜のフライトで、わたしたちは香港へ向かった。 利用したのは、国際線の浦東空港ではなく、国内線である虹橋空港だった。

広大で物々しい国際線ターミナルに比べて、虹橋はコンパクトで、どこか日常の延長線上にあるような親しみやすさがあった。

そのスケール感が、「そこまで遠く離れてしまうわけじゃない」という錯覚を抱かせてくれた。これから大がかりな海外逃亡をするというより、少し遠くへお出かけするだけのような、不思議な気楽さが、張り詰めていたわたしの心を、少しだけ柔らかくしてくれた。

けれど、事態は想像を絶するスピードで悪化していた。

携帯を開くと、わたしが行方不明になったと、夫が警察に通報した形跡があった。しばらく低姿勢を装っていた夫からのメールの口調は一転して罵詈雑言に満ちていた。

『香港に男と逃げたのはバレてる』
『黒い服で、虹橋空港から16時に出国しただろう』

画面を見つめたまま凍りついた。

(ぜんぶ見られてる……)

あまりの恐ろしさに全身の毛穴が逆立つのが分かった。 空港の監視カメラだけではない。わたしのメールも、Nのメールも、LINEも、スケジュールも――

すべての通信が、あの人にハッキングされている。底知れない恐怖が、冷たい手となってわたしの全身を覆い尽くした。

『その男を犯罪者にしたくなければ、今すぐ家に戻れ』

夫は、Nを「誘拐犯」として中国の警察に逮捕させる計画を進めていた。 日本であれば、ただの夫婦喧嘩の延長で誤解だと説明すれば済むかもしれない。

けれど、当時の中国は違った。「有罪を無罪にした過去」を持つと豪語する夫なら、他人の人生を陥れることなど容易い。

最悪の場合、Nが香港から上海の空港に戻った瞬間に身柄を拘束され、そのまま檻の中へ入れられる。

(わたしのせい……)

香港に着くと同時に、日本領事館、上海の警察、日本の警察――あらゆる場所に電話をかけ、メールを送り助けを求めた。 

「わたしは誘拐されていません。彼は誘拐犯ではありません」 それを証明するためにできる限りの準備をした。

それ以外の時間はNの会社へ行き、海外の金融や資産についての知識を学んだ。この時の知識が、のちに自立して生きていくための大きな足掛かりになっていく。

香港を離れ、日本へ向かう日の朝。わたしの心は、不思議なほど静まり返っていた。 悲しむ余裕さえ、もう残っていなかったのかもしれない。

抱えている問題の重さが、あまりにも多すぎた。Nの身の安全、引き離された子供たちのこと、これからの見えない生活、夫からの終わらない脅迫―。

どこから手をつければいいのか分からないまま、気づけば別れの時間が来ていた。

あの夏祭りの夜からずっと、24時間わたしのそばにいて、守り続けてくれた人と、ここで離ればなれになる。

次にいつ会えるかも分からない。 彼の平穏なプライベートを壊してしまったこと。誘拐犯として逮捕されるかもしれないという、凄まじいリスクまで負わせてしまったこと。それらが頭の中をぐるぐると回り、喉を締め付けた。

「……ありがとう」 

胸が詰まってそれしか言えないわたしに、Nはただ、静かに頷いた。

関西空港に到着すると、到着ロビーには母が迎えにきてくれていた。 母の元に、見知らぬ女性から奇妙な電話があったのだという。

「お宅の娘さんが男に誘拐されて、薬を飲まされて頭がおかしくなっている」と。 

心配で顔を真っ青にして飛んできてくれた母に、わたしはこれまで何も話していなかったことを深く詫び、上海でのすべての経緯を打ち明けた。 

わたしは誘拐されていない。薬でおかしくなってもいない。子供たちを必ずこの手に迎えるために、しばらく大阪で準備をしたい。 そう伝えると母もようやく安心してくれた。

空港からの帰り道、涙越しに映る大阪の街は混沌としていた。 大切な子供たちも、愛した人も、すべてを上海に置いてきてしまった。けれど、わたしの闘いは、この混沌からもう一度始まるのだ。そう自分に言い聞かせるしかできなかった。

車窓の向こうのネオンの光は、新しく始まる長い戦いの幕開けを告げるように、わたしの瞳の奥でいつまでも滲み続けていた。

この時のわたしはまだ知る由もなかった。この果てしない混沌の先に、「闘うことをやめる」という本当の救いが待っていることを――。

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