今まで信じてきたことが砂時計みたいにさらさらと消えて、しばらくのあいだ、がらにもなく落ち込んだ。
良かれと思ってやってきたことは、その人のためになっていないどころか、迷惑だったと知らされた時、わかってもらえない苛立ちや悲しみよりも、自分のまぬけさに赤面し悶絶し絶望した。
それからというもの、私は自分の考えが恥ずかしくなり、思いを言葉にすることが怖くなっていた。まるでりんごを食べて裸でいることを知ったアダムとイブのように楽園を追放された気分でいた8月9月。
こんな不安定な日々を過ごすなかでも季節はたしかに前にすすんでいた。気づけばセミの声はコオロギの声に、そして今では雪虫がちらほら舞う北海道。
そろそろ前にすすみたい。何度もそうつぶやい。絶望ごとまた言葉にしてみたい。希望は見えないままだけど爆発的に明るいふたりを灯台にして今日からまた歩みをすすめてみよう。やっと思えるようになった2026.10月

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