第8章 儀式
とうに破綻していた夫婦関係は、わたしの胸の真ん中に鉛の塊のように沈んでいた。
「お前なんてどうせなにもできない」
誰に言われたわけでもないのに、その幻聴は耳の奥で響き渡り、わたしを矮小化して部屋の空気を重く濁らせた。
ただ、子供たちの天真爛漫な笑い声だけが、その濁りをかき消す風のように吹き抜けてゆく。それだけが、わたしの救いだった。
(このまま、しあわせに育ってほしい)
父親との関係が円満であることこそがしあわせの条件だと、当時のわたしは盲信していて、それなりに父親に懐く子供たちの姿を見ては安堵していた。
だけど同時に、心の奥で黒い苛立ちが膨らんでいるのを感じてもいた。
彼の起業を後押ししたのも、週末に子供たちを連れて出かけるのも、すべては夫を気遣ってのこと。
それなのに、何ひとつ変わりはしない。夫はどこまでも、忙しさの檻(おり)に閉じこもったままだった。
忙しいことはいいことだ。日本の生活に比べれば、上海での暮らしは何万倍も楽で、経済的には不自由なく暮らさせてもらっている。
感謝はしている。頭では、ちゃんとわかっている。 それでも、わたしの喉の奥には、言葉にならない未消化なものが、ずっと不機嫌に鎮座していた。
思えば、夫を一度でも愛したことがあったのだろうか。なりゆきで結婚し、ただ流されてきただけではないか。
本当に好きだったのか、それすらもうわからない。
不満の原因は、夫の暴力や暴言といった、わかりやすい悪意ではなかった。
わたしを追い詰めていたのは、結婚や家族、人生という本質的な問いに対して、何ひとつ答えられない自分自身の愚かさと、滑稽な空虚さ。
八方塞がりの中で、わたしは自立を目指しながら、堕落の階段を降りはじめた。
盛りのついた野良猫のように上海をうろつきまわり、スポーツのようにセックスを嗜(たしな)んでは、温もりに飢えた。
罪悪感など微塵もなかった。身体も時間も、わたしのものだ。夫婦として終わっている夫との間に、希望のかけらもない。
スポーツを楽しんで何が悪い──心の底からそう信じていた。
誰のものでもないわたしの肉体と時間で、快楽を貪(むさぼ)る。それは、管理され尽くした人生を、自分の手に取り戻すための儀式のようなものだった。
わたしはただ、満たされたかった。
出がらしの薄まったそば湯のような愛に妥協するのではなく、器から溢れて溺れてしまうほどの、底知れない愛を誰かに与えてみたかった。そして、受け取ってみたかった。
そこには本当の愛がないことも、逃げているだけだということもわかっていたけれど、あの頃のわたしには、その儀式が必要だった。
貞操観念というものが、ガラガラと崩れて壊れてゆく。わたしは、わたしを止められないまま、止めようともしないまま、奈落の底を謳歌した。
奈落の底に落ちても、自立のためのアンテナは張りつづけた。 ある日、飲み仲間のひとりから一通のメッセージが届く。
「あゆみじゃないとできない仕事があるから手伝ってほしい」
胸が高鳴った。
つづく

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