プロローグ|愛の手紙 

My Story

2013年6月。私は幼い子供たちを置いて上海の家を出た。

スーツケースに着替えを詰め込み、金庫の中にただひとつ残されていた私のパスポートを握りしめて。

結婚してから私はよく殴られていた。「男といただろう」背の高い夫の大きな手が容赦なく私を襲う。

耳から血が流れ目も開けられないのに、私は不思議と恐怖を感じない。

ただすがるような思いで心の中で祈りを捧げた。

「彼を許してください。彼は自分が何をしているかわかっていないのです」

ある日、アザだらけの私の顔を見た6歳の娘が携帯を手にやってきた。何も言わず、小さな手で私にカメラを向ける。

「どうしたの?」アザを隠すようにして娘を見つめると丸い瞳に涙が溢れていた。

「ママにげて」
「ばぁばに話して」

私は無理に笑顔をつくりこういった。

「パパは病気だから、許してあげよう。ママは大丈夫だから」

そう言うしかなかった。

遠く離れた日本にいる親に心配はかけたくない。何より、子供たちにこれ以上悲惨な姿を見せたくない。

日本の行政や弁護士に助けを求めたが「日本に住んでいない」ということで断られた。

当時の上海に、DV被害を受けた外国人を守る場所などどこにもなかった。

「あなたが変わればきっとよくなる」
「離婚したら子供がかわいそう」

繰り返し聞かされた言葉をお守りにして目の前の世界に蓋をしていた。

しかし、状況は変わらない。それどころか悪化していく。

いよいよ命の危険を感じる事件が起き、私は家を飛び出した。

異国の地で、行き場を失った厄介な身の上の私を助けてくれた人がひとりだけいた。それが、今のパートナーだ。

彼は、私が自立して子供たちを迎え入れられるようにと、仕事を紹介しあらゆる面で支えてくれた。

(彼の手を借りて、子供たちと新しい人生をやり直そう)

心に明るい未来を描き始めた矢先、一通のメールが届いた。

「子供を捨てて男と逃げたお前は死んだことにした」

あれから13年。わたしは子供たちに会えていない。

怒るべき時に怒らず、言うべき言葉を飲み込み、泣き寝入りし続けた結果、私の存在は消された。

後悔の念にさいなまれながら、戻らない時間の中を彷徨い続けた。

「愛は時間に縛られない」ということを最近知った。もしそうなら、私の想いも届くかもしれない。

愛の永遠性に希望を託して届けたい。心の海底に沈んだまま、届けられなかった愛を届けたい。

何があったのか、なぜこうなったのか。残せる言葉は美しいものばかりではないし、誰かを傷つけるかもしれない、私のわがままかもしれない。

けれど、ここに記す「私の真実」が、いつかあなたの力になると信じています。

あなたは、捨てられたのではない。
ずっと愛されている。
過去も、今も、これからもずっと。

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