龍の背中   

My Story

第一章 ─ 龍の背中

「すぐに迎えにくるから仲良く待っててね」

はしゃぎながら走っていく子供たちを楽しそうに追いかけるショーンに、わたしは慌てて手土産を渡した。

「いつもほんとにありがとう、助かる」
「いいのよ、うちの子たちもふたりが来るのを楽しみにしてるんだから」
「心配しないで。帰りもゆっくりでいいわよ」

長い黒髪にきめの細かい白い肌のショーンは東洋美人という言葉がぴったり似合う台湾人。上海郊外の高級住宅街のなかのひときわ大きな邸宅に住んでいた。

幼稚園で同じクラスになったのがきっかけで仲良くなった彼女は、典型的な富裕層。ふたりの子供たちにはそれぞれ専属のフィリピン人メイドがつき、出かけるときにはいつも運転手が車のドアを開けて待ってた。

そんな彼女から見れば、住み込みのメイドも運転手もいないわたしの生活が信じられないようだった。

「あなたがひとりでふたりの子供の面倒をみているの?」
「信じられない!日本の女性は大変すぎるわ!」
「すぐに住み込みのアイ(お手伝いさん)を探しなさい!」

「日本だと普通だよ、ふつうはアイさんなんていないから」といくら言っても納得しないショーンををとおして文化の違いをひしひしと感じる。

彼女の夫はアメリカ人で家にはほとんどいなかった。そのおかげもありわたしたちはよく家に招待されるようになっていった。

付き合いが長くなるごとに、ごはんを食べていけ、おかずを持って帰れ、お風呂もはいっていけと、中華圏の人らしい距離感でもてなしてくれるようになり、その近さが、わたしには心地よかった。

思い返せば、わたしはいつでも中華圏の人に助けられてきた。

NZに留学していた時、ランチは自分で作ることになっていた。

当時お世話になっていたホストファミリーの家の冷蔵庫の中には、チーズとバターとハムとベジメイト(不味いスプレッド!)などの冷たいものしかなく、毎日ランチはサンドイッチとりんごとクラッカー。

冷たいランチにうんざりしていたわたしに、ほかほかの中華風のお弁当を持ってきてくれた華僑の友人の暖かさを思い出した。

「ありがとうっていう言葉以上の言葉がわからないけど本当にありがとう。なにかお返しできることはない?」

そう聞くといつも彼女は笑ってこういう。

「子供達が喜んでいるんだからそれだけでいいのよ」

デパートの屋上なみに遊具がそろう彼女の家に行くことを子供達はいつでも喜んだし、わたしもありがたかった。

「週末はゆっくりしたい」

という夫をひとりにさせてやるために、週末はいつも無理やり予定をいれていたからだ。

子連れで行ける場所の少ない当時の上海で「行き場」を探すのは簡単ではなく、頭の痛い問題だったのだ。

夫の気持ちもよくわかる。平日のほとんどは接待で帰宅は0時過ぎ。週末くらいゆっくりしたいという気持ちは当然だし、そうさせてあげたい。

だけど、わたしの心の奥の暗いところで「私だって」とうなる小さな音が響いていた。

大はしゃぎで走っていく子供たちに手をふって、ショーンとメイドたちに挨拶をして、わたしは急いで車に戻った。

今日は夏祭り。成功させるためにどれだけ準備をしてきたか。

日本から持ってきた着慣れない浴衣を着て、慣れない下駄を履いて、わたしは車のアクセルを踏んだ。

どこまでも並ぶ上海の高層ビルはドミノのようで、その間を走る道はまるで龍の背中のようで、天空のどこまでも続くようだった。

それがまさか、地獄のような泥沼へ続く道だとは夢にも思わない、いつもと変わらない上海の朝だった。

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